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僕には、座右の銘もなければ、大義名分もない。

医療の現場では、かつて自分も病を患い、そこで救われ立ち直った人たちが、自らもその恩返しにと医療の道を志す人も多い。あるいは、病に倒れた身内の世話をする傍ら、医療の現場に触れ、感銘を受けて志す人もいるだろう。しかし、僕の場合「こんな仕事もあるのか~」と鍼灸師という仕事を認識するその時まで、僕の人生に於いて、これっぽっちもそんなファクターはなかった。

たしかに鍼灸師になるきっかけは、重症の腰痛が鍼で治ったことだけど・・・、もし当時、最低の毎日を送ってなければ、普通に通りすぎてしまう日常の一コマだったと思う。

当時の僕はウダツの上がらない営業マンだった。鏡に写る自分の顔を見るのが嫌だった。そこには死んだ魚のようにドロンとした目の男が映っていた。営業のノルマに追われる毎日が、ひたすら嫌で嫌でたまらなかった。いままで何も考えず、特に努力もせず流れ着いた場所だった。川の流れからそれてグルグルと淀んでいる、そんな気分だった。

といっても当時、勤めていた会社がそんなにひどい場所だったわけでもない。上司や同僚もいたってまともな連中だった。組織の中で、全く自分の能力が発揮できず機能不全に陥ってるのは、只々自分の不甲斐無さ以外の何物でもなかった。やることなすこと空回りで、地に足がついている感じがしなかった。でも周りにも似たような人間はいた、僕一人だけが浮いているわけでもなかった。水を得た魚のようにふるまう人たちと、川の淀みでぐるぐる回ってる人たち。はたして、その二つの魚影の群れにどれほどの人間的価値の差があるのか、僕にはよくわからなかった。

結局、どこまで行ってもそのキラキラ輝いた魚影の群れには入れそうもなかった。車で外回りの営業に出るのが日課で、いつも仕事をサボって、遠い空ばかり眺めていた。いつかはこんな人生にも折り合いを見つけ、ああこれでよかったんだと納得する日も来るのかなと。

そんな最低の日々の中で興味をもったのが鍼灸師という仕事だった。おそらく当時の僕にとっては、なんでも良かったのだ。ここではない、何処かへ。大学を出て転職して2社目、また転職しても同じ事の繰り返しになるのは、目に見えていた。

そうして僕は鍼灸師になった。当時、鍼灸の専門学校に入るのは大変な難関だった。学校が少ない上に、入学するほとんどの人がなんらかのツテを頼って、寄付金を積んで入るというのが常態化していた。(そんな事実を知ったのは入学後まもなくしてからのことだ。)そんな事情も知らないで、鍼灸師になろうと一念発起したはいいものの、学校に受からない(当然だ!)結局、仕事をしながら2年受験したがダメで、そのまま仕事を続けていくのも限界で、1年間図書館通いを覚悟して、漸く合格した。そして、後日談。寄付を積まずに通った人間は、僕の知るところ、クラスメイトの中で、もう一人。彼もドロップアウト組で、東大卒の銀行マンという経歴の持ち主だった。

当時は懸命に大義名分を考えていた。これからの高齢化社会のために、人々に癒しの医療を提供するとかなんとか・・・。とにかく合格するために、面接試験でも気の利いたことを言わなくちゃ。そんなことを考えているうちに、いつの間にか自分には鍼灸師になるための大義名分があると思い込んでしまった。

「先生はどうしてこの仕事をしようと思ったのですか?」患者さんとの会話の中で何気に繰り返されるクエスチョンだ。臨床家になってからも、しばらくは一所懸命、大義名分を唱えていたような気がする。でもどこか違和感があった。果たして「僕には、そんな大層な理由があったのだろうか?」

ある日、脱サラという言葉がストンと落ちてきた。あんまり「脱サラ」という言葉にはいいイメージがなかったけど、一度そう口にしてみると、肩の力が抜けて一番しっくり来る気がした。それからは、なんのためらいもなく「脱サラでこの仕事をはじめました。」と答えるようになった。そう僕はサラリーマンが嫌で、たまたまこの仕事を選んだだけなのだ。

でも結果的にその選択は正しかった。そこには僕にも泳げそうな川があった。ここで僕はようやく水を得た魚になれた。キラキラとまではいかないが、あのくすんだ淀みの中に巻き込まれないよう、なんとかぎこちなく泳いでいる。

今でも、組織の中で働けと言われたら、途端にダメな自分が出てきてしまうと思わないでもない。どこまで行ってもダメなものはダメなような気がする。僕は会社勤めの中で、ほとほと自分のできなさ加減、ダメさ加減をというものを知ってしまった。
いつしか「人間とはダメな生き物である。」「できなくて当たり前。」というのが僕の経験則になった。「できて当たり前。」の人は、カリスマタイプの治療家に多い気がする。まあカリスマもわるくないが、僕はできそうもない。でも、それはそれで、施術者としては案外いい特性なのかもしれない。

結局、僕のような人間が運よく自分の居場所を見つけられたのは、たくさんの人たちとの縁のお陰だ。
脱サラして学校に行ってる間は、妻が支えてくれた。
鍼治療というものが分らず、いろいろ彷徨っているときに、導いてくれた先生もいた。
その後、鍼の師匠からは一生食いっぱぐれないだけの技術を授けてもらった。
今は自分のところに後進の人たちが集まってきてくれる。

目の前に落ちていた『縁』と言う名のパンくずを素直に拾っていたらここにたどり着いた。
唯一僕にあった強さは、愚直で不器用な素直さだけだ。だから、僕はこの『縁』を大切にして、この仕事を続けていきたい。この仕事に巡り会えた縁。この場所に集まってきてくれる仲間たちとの縁。そして、この二天堂に来てくれる患者さんたちとの縁。そうすれば、いつかはもう少しましな人間になれるのではないかと思っている。

とかく鍼灸院なんて、一般の人たちにとっては敷居の高い場所ではないだろうか?ここに少し内省的な文を書いたのは、自己紹介とこんなお粗末な人間がやっているので、どうぞ怖がらずに安心して訪ねてくださいと言うのが趣旨かな(^^)

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炎の鍼灸師☆養成講座

炎の鍼灸師養成講座炎の鍼灸師養成講座

当講座は、在野の鍼灸師が集まった、草の根的勉強会です。明日の鍼灸の需要を底上げするために、できる鍼灸師を増やそうというのが理念です。臨床家を目指す鍼灸師の受け皿になりたい。経済的に自立できる鍼灸師をもっと増やしたい。誰がやっても効果のある針灸(はりきゅう)治療を世に普及させる。それが、この講座の狙いです。

院長プロフィールA面

中野 保 Tamotsu Nakano
炎の鍼灸師★養成講座代表

行岡鍼灸専門学校卒業
浅野周先生に師事
北京堂での研修を経て独立
2001 神戸市東灘区 二天堂 開業
2007 炎の鍼灸師★養成講座 開校

院長プロフィールB面

高島トレイルにて

趣味

登山
山登りの後の温泉と酒宴がやりたくて登っています(^^)
写真
クロマチックハーモニカ
合気道
カメラもハーモニカも合気道も下手の横好きです。でも楽しい!!
音楽,文学,映画大好き!
治療所ではJAZZ三昧
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ガメラ対ゴジラ

実はすごいオタクだったりする

フィギュア大好き(^^)
怪獣、特撮ヒーロー、動物などなど。立体の造形物がどうも好きらしい。最近は、仏像がマイブームです。

東大寺盧遮那仏

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